【合気道09/02】もう一度書きます

クラス:合気道

日 時:2014年9月2日(火)・15時~17時

場 所:王子スポーツセンター柔道場

参加者:5名

 

内 容

  • 体操
  • 呼吸法
  • 足捌き
    • 送り足
    • 継ぎ足
    • 歩み足
    • 回転
    • 転換

(休憩)

  • 受身・膝行
  • 体術
    • 逆半身片手取り転換6種
    • 逆半身片手取り歩み足転換
    • 逆半身片手取り入り身投げ
    • 坐技呼吸法
  • 輪になって呼吸

 

雑 感

前に書いていた記事(2012年10月~2014年8月の分)を、全て消してしまいました。自分の書いた言葉がのしかかってくるような重圧を感じ、それに耐えきれなくなったためです。

実名を公開して文章を書いていると、「こういうことを書いた以上は、そのぶん頑張って体現しないとな」とやはり思ってしまうものです。

たとえば、「怒りをコントロールする仕方はこうだ」と人々に向かって説明している人が、日常的に怒ってばかりいたとしたら、そんなのおかしいでしょう?他人に説明している以上は、自分でできていなかったら「嘘」だと思います。

しかし、「書いただけのことを、いったい自分はできているのだろうか?」と刃をこちらに向けてみると、「案外言うほどできてなかったなぁ」と後から気づいて一人密かに赤面することは多いです。そこから「よし、言っただけのことができるようになるためにこれから頑張ろう」と思って、具体的な努力をしていけるならいいと思うのですが、「言っただけのことができてないことが他人にばれないようにしちゃえ」と思って誤魔化し始めると、自分自身はまるで成長できません。しかも、書けば書くほど「自分が嘘をついて誤魔化しているのが他人に見抜かれていないかな?」と疑心暗鬼になってもいくので、精神衛生上、好ましくないです。

ただ、「努力はしたくないけれど、『偉そうなこと』は言いたい」という欲求が私の中にはあって、それが暴走するとき、私は「自分に背負える限界を超えた重さの文章」を書き始めます。そして、そう遠くないうちに耐えきれなくなって潰れてしまう。

今回もそんなところです。

 

それでも、やっぱり私は文章を書きたくなります。また同じ過ちを犯してしまうかもしれないですが、今度こそ消すことを選ばないように頑張ろうと思います。

言った以上は頑張る。頑張る覚悟がないなら最初から書かない。

この心で、もう一度やってみます。

 

さて、この日は9月初の稽古でした。

8月に比べて明らかに涼しくなっています。

こういう時期はあんまり長く続かないんですが(すぐに冬がきて寒くなるのです)、とにかくこれまで暑い日が続いていましたから稽古しやすくって有り難いです。

 

それから、新しく体験参加に来られた方が一人いました。

せっかくの機会なので、呼吸法や体操の説明を多めにしました。

参加者全員が手順を覚えて慣れている場合には、あんまり途中で口を挟まない方が各人が集中しやすいかと思ってなるべく黙々とやるようにしているのですが、こうして新しい人がやってきたときには、もう一度説明を交えながら行います。

 

私自身の経験としてですが、こんな風に定期的に基本的な説明を聞く機会があると、前に聞いた時には聞き逃していたことや、そのときは大して重要だとは思わず忘れてしまっていたことなどを改めて発見できて、けっこう面白かったりします。

教えているほうからすると、「もうこれは何度も言ってるから皆聞き飽きているだろう」と思うようなことでも、聞いているほうはそれぞれのその時のレベルや独自の文脈に則して聞きますから、「同じ事を何度も言う」のも一概に無駄なこととは言えません。

まあ、それとは反対に、教える側が「これは初めてやることだぞ」と思って気合いを入れて教えていたら、「それ前もやりましたよね」と生徒から指摘されて「そういやそうだ」と気づいてガックリしてしまう場合もあるのですが。

 

ともかく、体験に来た人だけではなく全員に向けても話すつもりで、説明多めのお稽古をしました。

(2018年8月12日に加筆修正しました)

 

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