【ダンス10/16】時には内側へ、時には外へ

クラス:ダンス

日 時:2014年10月16日(木)・19時~20時30分

場 所:コミスタこうべ302号室

参加者:2名

 

内 容

  • 準備体操
  • 胴体の体操
    • 正坐で丸める・反る
    • 四つ這いで丸める・反る
    • 仰向けで丸める・反る
    • 仰向けで伸ばす・縮める
    • 坐位で両膝を立ててねじる
    • 合蹠で丸める・反る

(休憩)

  • ダンス
    • プリエ
    • ステップ(2種)の練習

 

雑 感

合気道クラスの方お一人と、新しくダンスクラスに入会された方お一人で計二名。

新入会の方はこれで3回目の参加です。

 

ダンスクラスの基礎練習では、表面の形をなぞることよりも、身体の内側を意識的に動かすことが重視されるので、日常的には使うことのない筋肉が刺激されて、慣れないうちは予想以上に疲労するかもしれません。

やってることは地味なんですが、細かく身体をコントロールしていくので、けっこう神経を使います。

 

ダンスに限らず、新しい身体技法を体得する際には、最初に必ず「日常的な身体の使い方」を棚上げしないといけなくなります。

そもそも、誰しもこれまでの人生でずっと身体を使って生きてきた過程で、「人間の身体はこういう風に動くものだ」というイメージを持っています。

本人が意識するしないにかかわらず、私達の身体の動きはそのイメージの枠の中に閉じ込められています。

この「日常生活の中で形成された身体イメージ」を一度脇に置いておかないと、それとは違う「非日常的な身体運用」は身体に入ってきません。

 

舞踊の動きも武道の動きも、現代日本で一般的な社会生活を営んでいる人間からすると、非日常的な「異界」に属するものです。

たとえば、「股関節に隙間を作る」とか「肩甲骨と肋骨を分離する」とかいったことは、普段の生活で意識して行うことはまずないです。

こういった「異界的身体運用」を日常的な身体意識のままで行おうとすると、理解も再現もなかなかできませんから、初心のうちは、まるで立ち方を模索する赤子のように、自分の身体を新しく使い直すプロセスがどうしても一定期間必要になります。

 

ダンスクラスの前半がそのための時間です。

あまりたくさん動いたりせず、なるべく時間と身体を丁寧に使いながら、ゆっくり自分の内側を観察していきます。

身体のどこに強張りがあるか、どういう時に動きに無理が出てくるか、そういったことを細かく点検します。

そうすることによって、「自分の身体はこんな風にも動くのか!」という発見が徐々に積み重なっていき、日常的な立居振る舞いや佇まいも、少しずつ練習度合いに相応しいものへと変化していきます。

 

自分の身体の使い方を一度壊して、非日常的な身体運用をも含んだ形で再構築する。

レッスン前半の主な目的はそれです。

ただ、後半に関してはちょっと目的が変わってきます。

 

「自分の身体の使い方を見直す」というのは、たしかに新しいことを習う上で重要なことなのですが、あくまでもそれは「点検作業」に過ぎません。

「点検」をするのは実際に「踊る」ためであって、「点検」だけをいつまでもしていても「踊り」はできないのです。

 

この落とし穴には私自身しょっちゅうはまるので、自戒の念も込めて書いておきますが、「点検」そのものが目的になってしまうと、だいたいにおいて人間が偏狭になります。

たとえば、自分の身体だけでなく他人の身体についてまで、自分の価値観を押しつけて一方的に評価したがるようになりますし、身体の内側を見つめるあまり意識まで引きこもってしまって、外側の状況を柔軟に受け止めることができなくなりやすいです。

これは、稽古し初めの頃には大して気にする必要が無い問題ですが、いくらか新しい動きに慣れてきたら、自分の身体を意識することに熱中しすぎていないかを、ときおり注意してみるべきでしょう。

 

「点検」はあくまで一つの準備段階に過ぎません。

持っている車を点検だけして走らせないのでは、なんのためにガレージに置いているのかわかりません。

身体も、ある程度まで点検を済ませたら、きちんと走らせてあげたいです。

 

そのための時間が、レッスン後半のダンスの時間である、と今は考えています。

前までは後半のダンスの時にも、前半の体操のように身体の使い方をあれこれ細かく指示していたのですが、そういう風に教えていると、踊っている最中に身体への意識が過剰になってしまうようで、伸びやかさも躍動感も出てこないように感じることが多かったため、やめました。

 

音楽の中で踊る際には、身体の内側をコントロールしようとするよりも、外側から導かれるように動いたほうが、経験的に言って伸びやリズムが出てきやすいです。

動きながらリズムにノルためには、何かを掴んでいくのではなく、むしろ手放していくことが大事になる。

そういう意味で、前半の体操の時間は「求心的な身体へのアプローチ」、後半のダンスは「遠心的な身体へのアプローチ」と言えるかもしれません。

 

これはどちらが良くてどちらが悪いというものではなく、ともに一長一短です。

求心的になりすぎると知らず知らず自分の世界を狭めてしまいますし、遠心的になりすぎると動きや意識が粗雑になってしまいがちです。

 

でも、少なくとも私にとっては、どちらも等しく大切なものです。

レッスンにおいても、この両者の比重に気をつかっています。

 

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