【ダンス11/13】「回る」より前に「立つ」ことを目指す

クラス:ダンス

日 時:2014年11月13日(木)・19時~20時30分

場 所:コミスタこうべ302号室

参加者:1名

 

内 容

  • 準備体操
    • 足裏を柔らかく開くワーク(足のセルフグルーミング)
    • 足首~股関節をほぐす
    • 指に気を通す
    • 腰腹と指先を繋げるワーク(上肢のセルフグルーミング)
    • 肩をほぐす
    • 鳩尾を緩める(邪気の吐出)
    • 丹田を活性化するワーク
  • 胴体の体操
    • 立位で伸ばす・縮める(腕と脚の気持ちの配分をそろえる)
    • 立位で左右の股関節へ軸を移す(意識の線を通す)
    • 正坐でねじる

(休憩)

  • ターンの練習
    • ルルベ(力の波が自分の中心を昇っていくイメージで爪立つ)
    • スポット(回転中の目の焦点合わせ)
    • ツイスト・ターン・コイルの説明
    • シェネ(半身をパタンパタンと返す練習)
  • ステップ練習(気持ちの焦点を、自分の身体の外へと放つ)

 

雑 感

今回も合気道クラスの方がいらしてマンツーマンレッスンでした。

以前から「いずれターンの練習をしましょうね」という話をしていたのですが、この日は実際に回ってみました。

 

このところ、脚と身体を繋げることを目的として、胴体を丸める・反る動きを中心に体操を行っていました。

この丸める・反る動きは、体幹のエネルギーを下半身に流していく感覚を養う上で有効なので、まずは「しっかりと根付く感じ」を作ろうと思い、最近は集中的に取り上げていたのです。

 

これは私の感覚なのですが、現代生活においては「考え事のし過ぎ」「目の使い過ぎ」「腕力で何でも解決しようとし過ぎ」といった傾向が強くなりやすく、気持ちが頭や首肩のほうに昇って降りなくなってしまっている人が多いように思います。

今は世の中に情報があまりにも溢れているので、考えても考えても頭がついていかないです。頭がついていけても身体がついていかない。

また、テレビや携帯、パソコンのディスプレイを通して情報を受け取ることが多いので、たいてい目も疲れています。

それで身体全体が上に吊り上がったような形になってしまっている。

 

前にとある整体の先生から聞いた話ですが、目から踵までは筋膜(筋肉を包んでいる膜)が繋がっているのだそうです。

目から頭のてっぺんを通って首と背中を下り、腰から脚の裏側を通ってアキレス腱まで繋がっている。

なので、目の疲れを癒やすために、裏ももやアキレス腱を緩める手技をすることがあると聞きました。

 

たとえば、椅子に坐ってパソコン仕事などを長時間していると、だんだんと肩が上がってきて背中や腰が強張り、踵が浮いて少し爪立つような格好になってしまっていることがあります(現に、今この文章を書いている私自身の身体も、そういう「吊り上がり状態」になりかかっています)。

これはおそらく目の回りが強張ってくることで、そこから繋がっている背面の筋膜全体が、目のほうに向かって縮んできてしまうことによるではないかと思います。

 

とはいえ、上記の半分くらいは整体の先生のお話を聞いたあとに自分なりに考えてみた推論を言っているだけに過ぎませんし、実際のところ解剖学的にどういうことが起こっているのかも、私にはわからないです。

しかし、「目や頭を使いすぎると気持ちが下に降りなくなる」ということは、自分自身の生活実感として知っていますし、合気道の稽古でも気持ちが浮ついて足下が留守になっている人は見てすぐわかります。

この「根付いていない感じ」は、普段の生活においてかなり広い範囲(私自身の心身もそこに含みます)で観察できます。

冗談抜きで「この人、脚がないよ」という人がいっぱいいる。

 

今の私達の身体はかなりの程度まで「頭優位」になっているように思います。

もちろん頭も身体の一部ですから、それはそれで大事なのですけれど、頭に気持ちが偏りすぎて、自分の足下で起こっていることに気づきにくくなっている。

こういうことを書くと「身体論を装った抽象的思弁だ」と言われるかもしれないですが、多くの人々は宙づりになったまま大地に頼ることができなくなり、外から来る問題を全部自分の「生の腕力」で解決しないといけないという焦燥感に駆られているように思えます(中には、焦燥感から独りぼっちで頑張り続けて、すでに憔悴しきっている人もいますが)。

なので、ダンスでも合気道でも、下半身の感覚を取り戻すことが急務であると私は思っているのです。

 

思っているんですが、今回はそれをあんまりやらないでターンの練習をしました。

この日のレッスンでは、「しっかり根付く」ということが、言い換えれば「立つ」ということがきちんとできたことにして、その先の「立って回る」というところに入っていったわけです。

 

実際にやってみて気づいたことは、「そもそも私自身がちゃんと立てていなかった」ということでした。

今まで「回ることなら自分は得意だ」と思っていたのですが、実際に教えてみると、今までの自分はちゃんと「立つ」ということを経た上で回っておらず、ただ勢いに任せて身体を振り回しているだけだったのだと感じたのです。

生徒の方には「これから一緒にターンの練習をしていきましょうね」と言って別れました。

 

脚下照顧。

「先に先に」と気持ちが焦ってレッスンではターンの練習をしましたが、まずは教える私自身が自分の足下を確かにしないと。

「まだまだその辺の自覚が足りていないなぁ」と思ったレッスンでした。


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