【合氣道02/03・02/04】相手の内観に共感する

2015年も最初の一ヶ月が過ぎ去りました。

今が一番寒い時期ですが、ここを乗り切ればまた暖かい稽古場が戻ってきます。

まあ、一緒に審査もやって来ますが(ぼそ)。

 

ただ、この火曜の王子は本当に寒かったです。

温度計によると、柔道場は5℃で外が8℃でした。

室内のほうが温度が低いって、どういうこっちゃ。

 

もう足袋を持っていない人は靴下でもいいので、防寒対策をしてください。

道着の下にヒートテックを重ね着してもらってもいいですし、貼るカイロをペタペタと装着してもらってもいいです。

身体が冷えると怪我にも繋がるし、帰ってから体調を崩したりしたら大変ですから。

 

さて、稽古の内容についてですが、火曜は相半身片手取りの技各種を、「上段に返す動き」と「下段に払う動き」にそれぞれ分類して説明しました。

その後、居残り稽古では両手取りの足捌きに慣れるために、ひたすら畳へ渦を描く練習。

受けの人を渦の中へ招き入れないと技が成立しないので、腕を取られてから渦を作り始めても間に合いません。

これは相半身の稽古でも言いましたが、必ず下絵を描いてから手を差し出しましょう。

手を相手に差し出す動作もまた、技の一部なのです。

 

水曜は、正面打ちのお稽古。

先日のワークショップで試験的に行った、「皮膚感覚の同化のワーク」を合氣道クラスにも導入してみました。

相手と繋がって、接触部位から遠いところを動かす。

イメージ力と集中力が大事です。

 

慣れないと難しいですが、丹田呼吸で自分の内側の一点を意識したり、阿吽の呼吸で自分の内側にエネルギーの流れを感じたりできていれば、あとはそれを自分の身体の外に出せばいいだけです。

自分の下腹の一点を感じるように、相手の下腹の一点を感じて、それを結び合わせると一体化できます。

一体化していれば、自分のヘソ裏の椎骨を感じるように相手のヘソ裏を感じて動かすことで、相手の身体を導いていくことができます。

 

「呼吸法」と「皮膚の同化」とは、同じ技術の別な使い方です。

一見すると、稽古の前半でやっていることと全く別次元の話のように思えるかもしれないですが、そうではないのです。

呼吸法の稽古によって、自分の微細な身体感覚を内観する能力が身についてくれば、相手の身体も内観できるようになってきます。

自分の皮膚や筋肉、関節や内臓の「感じ」がわかるように、相手の「感じ」にも身体的に共感できるようになってくるのです。

 

そうして深く共感できていると、相手と対立してゴリゴリと動きを無理強いしなくてもよくなってきます。

一度繋がってしまいさえすれば、自分の身体も相手の身体も、どちらも「カラダ」の一部になるので、対立は自然と消えていきます。

 

でも、普通は「これは相手の身体だから自分のものじゃない」と思うので、指を引っかけたり体重をかけたりして何とか相手を動かそうとします。

そして、頑張って動かそうとするその身振りによって、むしろお互いの分離はいつまでも解消されなくなってしまうのです。

 

身体的な共感能力によって「ムスビ」を作れば、人はちゃんと動きます。

そういう時は、頭で考える理性のレベルでは「動かした人」と「動かされた人」とがいるように見えますが、身体的な実感のレベルでは「一つのカラダが動いている」という風に感じます。

自分と相手で「一つ」なんです。

 

それにしても、こうして文章で書いてみると、めちゃ胡散臭いですね。

でも、家族や親友や恋人と一緒にいる時に、「そういう感じ」を体験する瞬間は誰しもあると思います。

やっぱり本当の「親密さ」というのは、「週に何回会っているから私達は仲が良いはずだ」とかいった風に頭で計算して感じるものではなくて、相手と一緒にいるときの皮膚の緩みや血液の流れ、内臓の働き方などを通して、全身で感じるもののはずです。

 

まあ、もちろんそういうのは、自分の一方的な勘違いや錯覚なのかもしれないんだけれど、それでも「相手との距離が消えた感じ」というのは明らかに体験されることがあります。

そして、そのような「繋がった感じ」が、本人の中に生きる氣力を生み出してくれるのも、また確かなことだと私には思われます。

 

これについて、先日のワークショップや水曜の稽古に出られた方には、少なくとも体感的には納得してもらえたと思っています。

あとは、それを信じて自覚的に能力を磨いていくかどうかです。

 

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