【合氣道03/25】優先順位

クラス:合氣道

日 時:2015年3月25日(水)・15時~17時

場 所:芦屋市立体育館・青少年センター柔道場

参加者:6名(うち見取り2名)

 

内 容

  • 体操(途中まで)
  • 足捌き
    • 送り足
    • 継ぎ足
    • 継いでから送り足
    • 継いで線を換える送り足
  • 受身・膝行
  • 体術
    • 逆半身片手取り転換六種
    • 逆半身片手取り歩み足転換
    • 正面打ち入身投げ(組み太刀の応用)
    • 正面打ち呼吸投げ
    • 正面打ち四方投げ
    • 正面打ち一教
    • 正面打ち二教
    • 正面打ち三教
    • 正面打ち小手返し
    • 正面打ち外回転投げ
    • 坐技呼吸法
  • 輪になって呼吸

 

雑 感

今回は、体操の途中でハプニングがあり、呼吸法は省略。

足捌きもはやばやと終わらせ、体術をたくさんやりました。

 

ハプニングへの私の対応について、「先生、そういうやり方はちょっとダメですよ」という風に感じた方もいたかもしれませんが(まあ、現に居たんですが)、そう思う方はそう思っていただいて結構です。

言うまでもないですが私は神様じゃないんで、全ての人が納得して傷つかないで済む解決策は取れません。

私には私の優先順位があり、「どうしても守りたいもの」と、「そうでもないもの」とがあります。

そして、それは私だけではなく、全ての人がそうでしょう。

 

私としては、できうる限り公共のマナーに適った振る舞いと対応を心がけはしますが、「全てを守る」ということまではお約束できない。

私一人ではカバーしきれない範囲にいる人については、守れなくて申し訳ないと思いますが、私に守れないものがあったからと言って、「師範だと言うなら道場内のあれもこれも全部守って見せろ」と言われても困ります。

 

もちろん、文句を言いたい方は好きに言っていただいて良いです。

「湯浅は完璧な人間ではない」という指摘はもっともなことであり、私もそれについては全面的に同意します。

そして、完璧でないからこそ、私は「優先順位」をつけざるを得ないのです。

 

私は最初から「全てを守る」という選択肢を捨てています。

そんなことができると思う人間は、傲慢な思い違いをしている。

一人の人間の力なんてちっぽけなものです。

私の力では、「守れるもの」と「守れないもの」がある。

だから、私は「私にとって守りたいもの」を確実に守れるように、優先順位をつけないといけないのです。

「全部守ってみせる」と出来もしないことを言って、全員に向かって良い顔をしたら、かえって何一つ守れないからです。

 

しかし、そんな風に私が私の方針を貫こうとしたら、私のことを嫌う人も当然出てきます。

私に幻滅する人や失望する人もいるでしょう。

それは仕方がない。

私には私に優先順位があり、他人には他人の優先順位があるからです。

私はその両者の折り合いをつける努力はしますが、他人の優先順位に口出しをしようとまでは思いません。

たとえば、「どうか自分を嫌わないでくれ」と懇願したりはしません。

それは私ではなく、相手が自分で決めることだと思うからです。

 

他人が私を嫌おうが憎もうが、私は「自分の守りたいもの」が守れれば、別に嫌われたって構わないんです。

誰からも嫌われたり見損なわれたりしたくないからといって、私が自分の優先順位を曲げて誰に対しても「ヘーこら」し出したら、きっと私は「一番大切なもの」さえ守れなくなる。

 

そんなのは私はイヤです。

たとえ教室に人がたくさん集まっても、みんなが私のことを嫌ったり軽蔑したりしなくなっても、そうやって主体性なく八方美人で振る舞った結果、「私の守りたいもの」を守れなくなってしまったら、私にとって、生きていることは無意味になる。

 

だから、究極的には生徒からの人気なんてなくたっていいと思っています。

「私の守りたいもの」さえ守れるなら、私の人気なんてブタに食わせてもいいようなものです。

 

もちろん、生徒から信用される努力はするけれど、最後の最後で私を信用するかどうかは、私ではなく来る人自身が自分で決めることです。

そして、「この講師は信用できない」と私に対して本気で思われるのであれば、そういう方にはもう無理して稽古には来ないでいただきたいです。

 

最近あんまり稽古で言っていなかったですが、武道修行の目的は「いるべき時、いるべき場所にいて、為すべき事を為せるようになること」です。

「こいつは信用できない」と心の中では思っていながら、その人間が指導する場に出かけて行って、「もっとちゃんと教室を主宰して見せろ」と食ってかかるのは、私から見ると純粋に人生の無駄遣いだと思います。

そういう振る舞いは、全然「武道的」ではないです。

というのも、「行かなくていい時に、いなくてもいい場所に行って、しなくてもいいことをしている」からです。

 

私が嫌いで信用ならないなら、もう稽古には来ないほうがその人のためです。

だって、私は「自分の優先順位」を、絶対に曲げるつもりが無いんですから。

 

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