【ダンス04/02】行為そのものより在り方を見る

クラス:ダンス

日 時:2015年4月2日(木)・19時~20時30分

場 所:コミスタこうべ302号室

参加者:2名

 

内 容

  • 足と脚のグルーミング
  • 手と腕のグルーミング
  • 胸と脇腹のグルーミング
  • 邪気の吐出
  • 下丹田を活性化するワーク
  • 正坐で丸める・反る
  • 四つん這いで丸める・反る
  • 正坐で伸ばす・縮める
  • 正坐でねじる

(休憩)

  • グラウンディングのワーク(震えのエクササイズ)
  • 阿吽の呼吸(天地の軸を通す)
  • プリエとルルベ(軸と肚の意識を強化)
  • 胸を細分化する振り付け練習

 

雑 感

この日の参加者は、昨年末にダンスクラスへ入会された方と、体験で初参加しに来られた方との二人。

体験の方もレッスンから何かしら影響を受けたようで、来週から正式に入会するおつもりとのこと。

ながらく「毎回参加者が一人いるかどうか」という状態が続いていたダンスクラスですが、ようやく人が定着する流れが出てきたかもしれません。

 

自分で教室を開いてダンスを教え始めてもうすぐ丸3年ですが、最初から一貫して「教える内容にあまり一貫性がない」です。

基礎的な練習メニューも何回か作り直してるし、ダンスそのものを全くやっていなかった時期もあります。

もし一貫していることがあるとしたら、私のほうであまり踊りのテクニックだけを生徒に押しつけたくはないと思っている点でしょう。

 

私自身は高校時代にブレイクダンスからダンスの世界に入って、ヒップホップやらロックダンスやら、いわゆるストリートダンスをあれこれ齧り、ダンスの専門学校に進んでからはクラシックバレエやモダンダンス、ジャズダンスなどをかなり集中的に練習しました。

なんでそんなにいろいろ練習したかというと、それだけ不安だったからです。

あれもこれもそれも全部できないと、踊っていて不安だったのです。

 

最初にブレイクダンスのステップを習ったときは、まるで踊れませんでした。

簡単そうに見える動きなのに、やってみるとすぐに足が絡まってしまった。

音楽もほとんど聴く習慣がなかったのでリズムも取れず、友達からは「音が外れている。踊っているのか暴れているのかわからない」と言われていました。

 

でも、その時はステップを一つ習うたびに、なんだか新しい世界が開けていくような心地がしました。

ずいぶん大げさなようですけれど、本当にそんな風に感じたのです。

 

少しずつ少しずつ動きに身体を馴染ませていくと、「このステップはこういう感じ」という体感のイメージが出来上がってきます。

頭で考えて順番を追わなくても、「しっくりくる感じ」が身体でつかめてくるのです。

高校の廊下で、一人っきりで一曲ずっと同じステップを踏み続けていても、私は飽きなかった。

全身の筋肉が、そのステップを踏みやすい仕方で徐々に同調していく感覚や、一歩毎に靴底が床のタイルに「みちゃっ」と接触して床と身体が一体化する感覚など、いろんな体験が次々に起こりました。

たとえ踏んでいるのは同じ一つのステップでも、そこにはいつも変化があったのです。


とはいえ、もう15年も前の話なんで、正確なところはよく思い出せない部分もあります。

ひょっとすると私は過去を美化しすぎているのかもしれなません。

でもとにかく、まるで踊れなかった頃の私は、たしかに踊りが好きでした。

 

それから、少しずつできることが増えていき、学校の後輩達から「ダンスを教えてくれ」と頼まれることもでてきました。

実際、私はブレイクダンス以外のダンスも練習するようになり、ずいぶんと「上手く」なった。

でも、上手くなればなるほど、ダンスはあんまり面白くなくなっていきました。

 

おそらく、私は踊りそのものを楽しんでいたのじゃなくて、テクニックをコレクションすることに夢中になっていたのだと思います。

「オレには、お前にできないような『あんなこと』も『こんなこと』もできる。どうだ凄いだろ」という具合に、他人に自分のコレクションを見せびらかすことが、練習を続ける主たるモチベーションになっていた。

 

だから、自分が持っていないテクニックを持っている人のことを、恐れたり嫉妬したりしました。

私はやっぱり「一番」になりたかったのだと思います。

「誰よりも上手くなりたい」と思った。

でも、その「上手さ」というものを計る物差しを、当時の私は「身につけたテクニックの多様さ」以外に持っていなかったのです。

 

だから、他人が私には到底真似できないことをしているのを見ると、恐くなりました。

自分の「一番」が脅かされるような氣がしたからです。

私は「あれもできるようになった、これもできるになった」と自分の歩みを確認しつつも、同時に周りを見回しては「あれもできない、これもできない」と氣づかされ、自己嫌悪にしばしば陥りました。

踊りを楽しむ余裕はもはやなく、新しいテクニックを身につければ身につけるほど、私の焦りはむしろ増大し、他人のダンスを受け入れることもできなくなっていった。

 

櫻井郁也先生は、専門学校時代の私の恩師ですが、先生はそんな私の「弱さ」をよくよく見抜いておられたのではないかと思います。

先生は専門学校での最初の一年が終わるとき、私に「ソロダンスを踊ったらどうか」と提案しました。

その頃の私は、もう踊ることにうんざりし始めていたので、「はあ、まあそうですね」と生返事だけしていたのですが、いささか先生のほうで強引に私を引っ張っていくような形で、年度末の進級制作展で私は6分弱の短いソロダンスの即興を行うことになったのです。

 

即興のリハーサルをするたびに、私は「今まで自分が身につけてきたテクニックがまるで踊る役に立たない」という事実に直面することになりました。

それまでは、適当にステップを踏んだり、跳んだり回ったりするだけで、「湯浅はやはり上手い」と言ってもらえました。

でも、「上手い」ということは、即興においてはあんまり意味がありません。

「与えられた動きを、先生みたいに上手くやってみせたらそれでおしまい」というわけにはいかないのです。

 

即興においては、私は誰の真似をするのでもなく、ただ自分のありままの身体を人々の前に差し出さねばならなかった。

そのような場では、いくらテクニックを駆使して着飾ってみたところで、白々しい嘘をついているだけのような氣がしました。

私はダンスを好きでなくなるくらい一生懸命に練習を続けてきたわけですが、「そうして必死に身につけたテクニックを、自分は嘘をつくためにしか使えなくなっている」ということに、その時になってやっと氣づいたのです。

習ったテクニックそのものがいけなかったのではなくて、それらを使って自分を取繕うことしかできなかった、私自身に問題があったというわけです。

 

私は、テクニックに寄り掛かるのでもなく、テクニックを忌避するのでもないような仕方で、もう一度踊りに取り組まねばならなくなりました。

そのような地点に突っ立つことになったのは、紛れもなく、櫻井先生のおかげでありました。

過程においては、私はそのことでずいぶん苦しみもしましたが、苦しみさえも感じないまま踊りを止めずに済みましたので、今では先生にとても感謝しています。

 

結局、私はそれから10年をかけて一回りして、「最初と同じところ」に戻ってきました。

テクニックは、あってもなくても同じです。

ただ、それを使う本人の「在り方」こそが大事だと、今では思っています。

 

ちゃんと自分の足で立っているかどうか。

深く納得してその場にいるかどうか。

 

そういったことが、「上手に踊る」ことよりも、私のレッスンでは優先されます。

だから、練習する踊りのジャンルは何でもいいんです。

私が優先して大事にしたいのは、「何をしているか」ではなくて、「どんな風にそれをしているか」ということだからです。