【ダンス04/23】何でもない日々は、氣づきに満ちて…

クラス:ダンス

日 時:2015年4月23日(木)・19時~20時30分

場 所:コミスタこうべ302号室

参加者:3名

 

内 容

  • 足と脚のグルーミング
  • 手と腕のグルーミング
  • 肩を上下させてゆるめる
  • 鳩尾をゆるめる(邪気の吐出)
  • 臍下丹田を活性化するワーク
  • 肩の一点を意識して動かす
  • 両手の指で円を描く(空間認知、左脳と右脳の使い分け)
  • 上後腸骨棘の一点を意識して骨盤を動かす
  • 正坐で丸める・反る動き
  • 仰向けで丸める・反る動き
  • 仰向けでねじる動き
  • 上記二つの複合動作(骨盤時計)

(休憩)

  • プリエとルルベ
  • ク・ドゥ・ピエとルティレのポジション確認
  • 胸の中心を意識する振り付け

 

雑 感

今回のダンスクラスは参加者三名と人数多めでした。

あと一人増えたら、部屋の壁に設置している鏡に全員が収まりきらなくなるかもしれませぬ。

こいつぁ嬉しい悩みですね。

 

思い返してみると、去年の今頃はダンスクラスに全く人が来なかった時期で、「参加者が一人いれば良いほう」という状態が三ヶ月くらいは続いていました。

2013年の12月に、当教室スタート以来のレギュラーメンバーが仕事の都合で遠方に引っ越し、そこからダンスクラスに人がほとんど来なくなったのです。

 

過去のダンスクラス出席名簿を見かえしてみると、2014年4月はレッスンを四回開催して「マンツーマンが三回」と「参加者ゼロが一回」、2014年5月は五回開催して「全て参加者ゼロ」、2014年6月は四回開催して「マンツーマン一回」と「参加者ゼロが三回」でした。

うーん、去年の五月、一ヶ月誰も来ていなかったのか。

ある意味すごいぞ、これ。

 

その後、7月の第三週からポツポツと人が来始めて、9月には新しい人が入会、合氣道クラスからビジターで参加しに来る人も出てきたことで、以降は「参加者ゼロ」という回はほぼなくなりました。

特に、去年の12月に入会された方がたいへん熱心で、毎週欠かさずダンスクラスに参加してくれているおかげもあって、今はもう「今日はそもそも誰か人が来るのであろうか?」というようなことをレッスン前に考えることはありません。

 

前はダンスクラスの他に、身体の使い方に関するエクササイズ専門の「体操クラス」というのを隔週でやっていたのですが、そちらもダンスクラスと同じくらいの時期に「氷河期」へ突入し、いろいろ考えた末、クラスを閉鎖しました。

もともと体操クラスは、ダンスクラスの前半にやっている、筋肉や関節をゆるめ基本的な身体の動かし方を練習するパート「だけ」を抜き出してみっちりやるクラスでした。

そういう意味で、体操クラスはダンスクラスからの「スピンオフ」だったわけで、私の中での優先順位も「ダンス→体操」の順番だったのです。

 

そこで、「枝葉」である体操クラスは一度止めて、「幹」であるダンスクラスに注力することにしたのが、去年の5月頃です。

一ヶ月ダンスクラスに一人も人が来なかった月ですね。

あの時は空元気で強がってましたけれど、やっぱり精神的にはけっこうブレました。

「自分の教え方や宣伝方法がまずいのかな」とか「思い切って開催時間や場所を変えてみようか」とか「そもそも私のやってることって世の中的に需要あるんだろか」とかとか、毎週誰も来ないレッスン会場であれこれ考えました。

 

瞑想法を特によくやっていたのも、あの時期です。

レッスンの参加者がゼロだった日には、私以外に誰も居ないガランとした302号室(ダンスクラスの会場)で時間をたっぷり使って一人で瞑想をしてました。

せっかく部屋を広々使えるので、自宅ではなかなかできないバグワン・シュリ・ラジニーシ(通称OSHO)考案の「活動的瞑想法」を特によくやった(活動的瞑想法については、また近いうちに詳しく書く機会がある思います)。

 

それまでいささかブレ気味だった私の心には、毎週一時間から二時間ほどグッと集中して瞑想をしたことは、たいへん大きく作用しました。

それから私は次第に、ダンスクラスの無い日にも、自宅から歩いて行ける新神戸駅の裏の山や河原で、一人で踊ったり瞑想したりをするようになっていった。

そして、「人が来るのも来なくなるのも、ご縁とタイミングなんだから、私の力ではどうしようもない。だから、誰が来ても来なくても、ダンスクラスだけは続けて行こう」と決心したのを覚えています。

 

まあ、そういう風に決意をした後にもやっぱり何度か氣持ちはブレましたけれど、あの「レッスンに誰も来なかった時期」がなければ氣づかなかっただろうことがたくさんあるのは事実です。

私がこのところブログに書いていることも、あの時の「氣づき」が一年経って熟成された結果として、少しずつ芽を出してきたという部分が大いにあります。

 

だから、今ではあの「誰も来なかった時期」に感謝さえしています。

というのも、あれは本当に「大きな学び」の機会を私に与えてくれたからです。

 

今では、「人が来ればそれはそれで『氣づき』があり、人が来なければ来ないでまた別の『氣づき』がある」ということを私は知っています。

たとえ何がどうなろうと、そこには何かしらの「氣づきの機会」があるとわかっているので、人が来ても来なくても、あんまり不安にはなりません。

たとえ新しい人が来ても、前から来ていた人が急に来なくなっても、「このことをきっかけにして今度は何がわかるのかなぁ」と思って状況を眺めていられるようになりました。

 

たぶん、こういった「心の落ち着き」が合氣道の体術にもかなり影響を与えていると思います。

今まで稽古で受けを取ってくれていたある男性からも、「最近になって技の感じが急に変わった」と言われましたからね。

 

踊ることもまた、前よりもっと楽しめるようになりました。

もちろん、人前で踊るときには意識を研ぎ澄ませていくことが必要にはなりますが、それでも私はどこかに「遊び心」を残せるようになった。

また、踊りを通して「裸の自分」が露出してしまう不安感ですとか、「無様な踊りになって相手に失望されたらどうしよう」といった恐怖心なども、前より自分で冷静に観察できるようになりました。

このように、「自分で心を冷静に観察できているうちは、それに振り回されたりはしないもんだ」という私の「大いなる氣づき」は、瞑想の実践を通して育てられ、合氣道やダンスの実践によって確かめられたものなのです。

 

だから、武道も舞踊も瞑想も、私の中では全部繋がってます。

私は「『別なこと』をしている」とは自分ではまったく思っていません。

こうして文章を書いていても、「自分は『いつもと同じこと』をたまたま別な仕方でしているだけだ」と思って書いてるくらいです。

 

書くことさえも、人は瞑想にすることができる。

私は、それを知っているのです。

 

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