【ダンス06/04】単純なことをやりきる

クラス:ダンス

日 時:2015年6月4日(木)・19時~20時30分

場 所:コミスタこうべ302号室

参加者:2名

 

内 容

  • 下半身の関節をほぐす
  • 上半身のグルーミング
  • 肩を弛めるエクササイズ
  • 鳩尾を弛める(邪気の吐出)
  • 下丹田を活性化させる
  • 肩の一点を意識する
  • 骨盤の一点を意識する
  • 背骨を一本ずつ意識する
  • 正坐で丸める・反る
  • 四つん這いで丸める・反る(脚の動きとの一致)
  • 仰向けで丸める・反る
  • 体幹部に氣を通す呼吸法

(休憩)

  • 緊張と弛緩の稽古
  • 氣持ちよく身体を伸ばしきるエクササイズ
  • 指先に氣を通す呼吸法
  • 末端を意識する踊り

 

雑 感

6月に入りました。

これでダンスの教室を始めて、丸三年が経ったことになります。

これからまた一年、レッスンを丁寧に積み重ねていこうと思います。

 

今回は、前半に背骨と骨盤の動きをみっちり練習しました。

このところ、身体の末端である指先や、表面の皮膚にアプローチすることが多かったですが、やはり中心部分の意識も磨いていきたいです。

 

後半は、振り付けの練習に入る前に、「緊張と弛緩」を感じる稽古をしました。

「思いっきり力を入れて、それを抜く」というだけのことですが、この「思いっきり」という部分がけっこう人によっては難しかったりします。

中途半端にやると、力を抜いた後になんとなく気持ちが片付かない感じが残る。

やっていること自体は難しくないし、むしろバカバカしいくらい単純なことです。

それを本当に「思いっきり」やることができるかどうか。

 

「緊張と弛緩」のあとは「伸展と弛緩」も行いましたが、これも同じです。

「思いっきり」伸びをした後でなければ、深い弛緩は感じられないし、頭の中の粗雑な思考も消えないからです。

 

しかし、「身体をとにかく思いっきり伸ばす」ということに、私達は無意識にリミッターをかけているものです。

道を歩いているときや電車に乗っているときに、いくら身体が固まって苦しくなっても、思いっきり伸びをしたりはしません。

他の人の迷惑になるし、外見としてもみっともないと感じるからです。

じゃあ、家に帰ってから一人でそれをするかというと、そうでもない。

たぶん疲れてそのまま休んでしまうのじゃないかと思います。

 

「思いっきり笑う」とか「思いっきり泣く」とかもそうですが、私達の多くは「全身全霊で何かをする」という態度に対して、なんとなく冷めているところがあります。

ひょっとするとこれは日本人全般の特徴かもしれないですが、「必死になる」のを「カッコ悪いこと」のように感じる傾向が私達にはある。

 

でも、「何事にも必死になれない」というのも、それはそれで「カッコ悪い」ようにも思います。

たとえば、くさいセリフを言う時とかは、とりあえず言ってる最中くらいは自分で自分の言葉を信じていないと、言っててカッコ悪いものです。

そういう言葉は、中途半端に照れながら言うくらいなら、最初から言わない方がマシだったりする。

 

「こんなことに必死になるなんてバカバカしい」と思うようなことに必死になるカッコ良さというものも、あると思います。

もちろん他人が「カッコイイ」と思うかどうかはわかりませんが、本人の中に「やることをやりきった」という感覚が残るかどうかは大きな違いです。

 

やっていることそのものはどんなに単純でも、一個一個をじゅうぶんにやりきれば、終わった後には一種の清々しさが感じられます。

そのような達成感を味わうためには、集中力も大事ですし、「今はこれをする!」という瞬間的な決断の鋭さも必要になるように思います。

 

身体をグーッと伸ばしてパッと弛める場合にも、伸ばしている間は伸ばすことだけに集中して、「ここ!」と感じたら一瞬で弛緩へとジャンプする。

この「取捨選択の思い切りの良さ」が、単純なエクササイズの後味の良さを決定します。

踊っている間も、細かい「決断」が瞬間毎にありますから、「単純なエクササイズ」はその基礎練習になると思っています。

 

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