【合氣道11/17】相手ではなく刃筋を意識

・2015年11月17日(火) 合氣道@王子

このところ雨の日が続いております。

生徒さんとも掃除の時に話していたのですが、柔道場のビニール畳が湿気でブヨブヨしておりました。

ぶよぶよ。

 

風もあったので、雨が降り込まないように窓を閉めて稽古していたため、室内全体には湿った空気がこもっていました。

そのせいもあってか、参加されていた方たちは途中かなり汗をかいていました。時期の割には蒸し蒸ししていたかもしれません。

あるいは、人数が少なくて技をする順番がすぐに回ってきてしまうため、単純に運動量が多かったせいかもしれないですが。

 

それから、この日は私が持ってきた木刀を、生徒さんに振ってもらいました。

太刀の持ち方の説明をして、簡単な素振りだけですがやってもらい、そのあとで体術をしました。

木刀を振る経験があったほうが、「動きの線」という概念を身体で理解しやすいのではないかと思ったのと、振っているうちに首肩の力も自然に抜けてくるんじゃないかと期待してのことでした。

また、腕だけで振っているとすぐ疲れてしまうので、身体と腕とを繋げる効果も望めそうです。


体術は逆半身片手取りの基本技。

せっかく素振りをしたあとなので、線をいつもより意識してもらいました。

でも、私達はどうしても「相手に腕を握られている」という条件に引っ張られて、自分の辿っている線を崩してしまいがちです。

かといって、「相手に引っ張られないように」と思って頑張るのも違います。

「引っ張られないようにしないと」と思っている時点で、既に相手に気持ちが引っ張られているからです。

そして、身体はそういう気持ちの通りに動くものなのです。

 

相手を気にしないで、太刀の刃筋を意識します。

「気にしないようにしよう」とだけ意識しても、余計に相手が気になるので、「まったく別な物」を意識します。それが、この場合は「刃筋」なわけです。

 

自分(主体)が相手(客体)を投げるのではなく、ここでは「刃筋」こそが主体です。

自分と相手は、たまたまそこに巻き込まれている。

そう考えます(もしも何かを「考える」のであれば)。

 

とはいえ、「こんな風にしたら相手は痛いんじゃないか」といった「気遣い」ゆえに線を崩してしまう人は多いです。

受身の取れない初心者相手ならそれも仕方のない場合があるかもしれませんが、上級者が受けを取ってくれているときにも同じようになってしまうとしたら、それは「心の癖」になっている可能性があります。

 

「一つの刃筋に巻き込まれる」ということは、「コントロールを手放す」ということでもあります。

言い換えれば、「剣の行く先を自分で全部決めてしまうことはできない」と認めることです。

自分で決められるのは、「目の前の川」に飛び込むか飛び込まないかだけです。

そうして一度飛び込んだなら、後は流れに身を任せて、どこであれ川下に運ばれていくことになりますが、飛び込んだ後に「やっぱり今の無しで」といってストップをかけようとしてもがいたりすると、かえって「川底」に沈んでしまいます。動きに伸びやかさが出てこなくなるのです。

 

どこかで思い切って「ドブン」と飛び込まないと行けません。

技の勘所、言い換えれば「最も難しい所」でだいたいは飛び込む必要が出てきます。

そこで飛び込み損なうと、全体としてだらだらっと間延びした印象の技になってしまいます。

丁寧に技をすることも大事ですけれど、思い切りも大事です。

もちろん、そのバランスが難しいのですけれど。

 

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