繋がりを絶やさないために

教室自体は閉鎖しているのに、こうしてここに文章を書くのは妙な気もしますが、私自身が「今までの自分」と「これからの自分」を繋げていくためには、やはりこの場所が必要なように感じました。

教室一本でやっていくことを諦め、いわゆる「手に職をつけるため」今はリハビリの学校へ通っているのですが、私の中で「心身の探究」そのものが終わったわけではありませんでした。方向転換をした後も「続いているもの」は確かにあるのです。

 

とはいえ、4年弱続けた教室を閉鎖し、働きながら学校に通う新しい生活が始まった当初は、「これで本当に良かったんだろうか?」とずいぶん自問自答しました。それまでの私は、合氣道の師匠である内田先生の書生として凱風館で働き、ほぼ毎日稽古をしていましたが、書生を辞めて学校に通い始めてからは、新しい仕事と勉強で時間と体力に余裕がなく、二ヶ月に一度程度しか稽古に行けなくなっていました。生活はずいぶん変わってしまった。

この春から新しく始めた仕事は、荷物の集荷と配達のアルバイトなのですが、重い荷物を持ち運びすることも多く、慣れないうちは身体に負担がかかりました。学校の勉強は覚えることが多かったですし、小テストも頻繁にあったので、「なぜそれを覚えねばならないのか」といったことは深く考えず、片っ端から暗記していきました。

 

そうこうするうちに、かつては興味を持って取り組んでいた稽古の課題もほとんど意識することはなくなっていき、道場で過ごしたあの日々は、次第に実体を失ってしまい、まるで「他人の人生」だったように感じられてきました。「書生と教室を辞めずに続けていた自分」が、「現実の自分」とは別にこの世のどこかでまだ生きていて、そっちのほうがむしろ「本当の自分」なんじゃないかと思えたりもした。

毎日仕事と勉強でクタクタになり、残りの時間はただ寝るばかり。必要最低限のことをするので精一杯で、自分が進歩しているとは感じられず、実際にはどんどん後退していっているようにさえ思えました。稽古をしなくなってからは身体の感覚が鈍くなっていくように感じていましたから、それもあってより一層自分が後退しているように思えたのでしょう。

 

でも、そんな自問自答の日々が半年ほど過ぎた頃から、「自分の進んできた道」は途中で断ち切られたりはしておらず、ちゃんと繋がっていたのだと、実感できるようになってきました。

仕事の中で荷物に触れるとき身体と荷物が一体になったような感覚がしたり、お客さんや同僚との対話の中で氣の交流が感じられたりしました。学校で勉強してきたことが少しずつ繋がってきて、特に秋から始まった実技の授業では、ダンスや合氣道で培った経験が大いに役立っています。

それまでぼやけていた自分の行く先が少しはっきりしてきて、「そこ」に向かって進む力が湧いてきました。「自分はこれでいいんだ」と思えるようになった。

 

そうして、「この選択で良かったのだ」と納得できてから再び合氣道の稽古に行ってみると、私は前よりも合氣道にもっと集中できるようになっていました。

稽古をしていなかったので合氣道に必要な筋力は多少落ちていましたが、「今の自分」を選んだからこそわかるようになった術理や、できるようになった技術がいくつかありました。そして、それらにはまだまだ発展の余地があると感じられた。

 

だから、文章もまた書いてみようと思ったのです。

今の自分だからこそ新たに書けることもあるように感じましたし、ここで文章を書き続けていれば、「PLATFORM」はなくならない。

今は忙しくて難しいですが、学校を卒業したら教室を再開したいとも思っています。前ほど頻繁にクラスを開講することはできないかもしれませんが、「PLATFORM」を私のライフワークにすることができたら、きっと楽しいだろうと思うのです。

 

そんなわけで、今のところ教室自体はやっていませんが、この場所を繋げていくために、文章はこちらに書いていこうと思います。

何を書くかはあんまり決めていませんが、書くこと自体は続けていくつもりです。

お暇な人は、時々のぞきに来てくださいますと嬉しいです。

 

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