満ち足りた瞬間

「心から満足する」ということを、私たちはほとんど経験することがありません。私たちはいつもどこか「物足りない気持ち」を抱えている。それが強くなると、「欲求不満」や「渇望」となって感じられるので、そこまでいけば誰でも「自分は本当のところ満足していない」ということに気づきますが、よくよく自分の内側を観察してみると、「不満足」そのものはほとんど常に自分とともにあることがわかります。それは時として微妙になることもあり、巧妙に隠されていることもありますが、「完全になくなる」ということは非常に稀です。

 

私は「満ち足りている状態」というと、いつもある瞬間のことを思い出します。前にもどこかで書いたことがありますが、それは私がまだ4歳くらいの頃のことだったと思います。私は自分が預けられていた保育園の庭の片隅で、一人でひたすらクルクルと回り続けていました。前後の文脈は記憶に残っていないのですが、私はそのとき、「地面に手を着いて足を空中に浮かせて回る」という運動を自分で「発見」したばかりでした。それは、動きとしてはちょうどマット運動の側転のような動作でした。

もちろん、世の中にはすでに「地面に手を着いて足を空中に浮かせて回る仕方」が無数に存在していました。でも、当時の私はまだそのことを知らなかったし、誰かの真似をしたわけでもありませんでした。私は自分で「一つの運動」を見つけ出し、それに没頭していたのです。

周りの景色は思い出せません。ただ、クルクルと回っているときの快さだけが、色あせることなく身体に残っています。自分の身体だけでなく、周囲の空気まで輝いているかのようでした。私は回るのがとにかく楽しくて、繰り返し繰り返し回り続けていました。「もっと上手くやろう」とも思わなかったし、「誰かに見せて誉めてもらおう」とも考えませんでした。そんなことを考える必要がないほどに、私の内側からは絶えず喜びが溢れ出していたからです。

これほど素晴らしい時間を体験したにもかかわらず、私は「クルクル回る」ということを次の日も繰り返そうとは思いませんでした。そもそも当時の私はそんなことを思いつきもしませんでした。

きっとその頃の私にとって「全てが輝いている時間」というのはそれほど「特別なもの」ではなかったのでしょう。「もう一度あの素晴らしい瞬間を味わいたい」と思う必要がないほどに、私が生きていた一日一日は驚きと発見とに満ちていたのだと思います。

 

それから何年か経って、私は実際に器械体操を習いに行くようになりました。

きっかけは、学校の体育の授業でマット運動をしたとき、他の子達にはできなかった「難しい動き」が私にはできたことでした。先生は私を誉めました。友人は私を「すごい」と言いました。私は得意になって、「もっと上手くなって、もっと注目を浴びたい」と思うようになりました。それで週に5回、体操教室に通って練習するようになったのです。

体操教室には約3年ほど通いました。教室に通って練習していた全期間において、いったいどれほど「手を地面について足を浮かせて回る動き」を繰り返したかわかりません。おそらく何千回も繰り返したはずです。

しかし、それにもかかわらず、私は体操教室での3年間で、ただの一度も「輝くばかりの時間」を体験することはありませんでした。私は4歳の時よりもずっと巧みに回ることができました。スムーズに淀みなく、様々なバリエーションで回り続けることができた。でも、そういった能力は私を全く満たしてはくれませんでした。私はもう満足することができなくなっていたのです。

 

体操教室には私よりも上手い子達がいっぱいいました。むしろ私が一番下手だったと言ってもいいくらいでした。学校での体育の時間、ちょっとしたヒーローみたいに扱われていた私は、体操教室では惨めな気分になりました。

私は教室の指導者の指示で、少なくはない量の筋力トレーニングを毎日おこなっていました。毎日、技の練習に入る前に、腹筋、背筋、腕立て伏せをそれぞれ200回ずつして、それから縄跳びを使って「二重跳びを一分間に100回×6セット」というメニューを課されていた。

私は当時小学校の6年生になっていましたが、その同じ教室には小学2年生の子もいて、当然ながらその子も同じメニューを毎日黙々とこなしていました。今考えると「なかなかハードなトレーニングを課していたものだ」と思いますが、どうも指導者の側からすると、これでもだいぶ「手加減」していたようでした。

私は徐々に筋力がついて、前はできなかった高度な技も少しずつできるようになっていきました。でも、他の子達のほうがたいてい私よりも進むスピードが速かったです。私が新しい技をできるようになるより先に、年下の他の子達が同じ技を習得していくのを何度も目にしました。

さらに言えば、そういった技も全て「体操の技のカタログ」に載っていたので、教室で必死に技の練習する人間には「発見の喜び」というものがありませんでした。私たちはただ、「既に確立された動き」を誰が一番早く忠実になぞれるようになるかを競って、訓練し続けていたようなものなのです。

私はこのような練習を3年続けた後、器械体操に心底うんざりするようになりました。私はたくさんの技を習得しましたが、それでも「技のカタログ」のうち初歩の初歩にあたるものしかできるようにはなりませんでした。しかも、私より年下の子達のほうがそれらをもっと上手くこなせていましたし、外の大会に出ればさらにすごい子達がいくらでもいたのです。

私はもう自分のことを「ヒーロー」でもなんでもない「ただ落ちこぼれ」だと感じ始めていました。

 

私は3年かけていくらかの技術を習得しましたが、それにもかかわらず、私は4歳の頃に拙い仕方でクルクル回っていた時より貧しくなりました。というのも、私はもう「回っている瞬間」に留まることができなくなっていたからです。

どんなに綺麗に回ったところで、私はつい考えてしまいます。「他人との比較」や「周りからの評価」が頭の中いっぱいに広がって、「何の目的もなくただ回る」という4歳の時には苦も無くできていたことが不可能になってしまった。

私はいつも「回ること」を利用してそれとは別なものを求めるようになり、そうして自分が求めているものがなかなか手に入らないことでたびたび失望しました。「回ること」は賞賛や注目を得るための「ただの手段」になってしまい、もうそれ自体を楽しむことはできなくなってしまったのです。

 

普通、「多くのものを持てばより豊かになる」と思うものですが、実際には「多くのものを持ったことでかえって貧しくなる」ということのほうが多いです。

4歳の頃、一人で飽きもせずクルクル回り続けていた時の私は、ほとんど何も持っていませんでしたが、このうえも無く豊かでした。それから、器械体操を練習するようになって、私は実に多くのものを得ましたが、「豊かさ」だけは失いました。

そして、自分がいったい何を失ったのかに気づくために、そこからさらに15年以上の年月が私には必要でした。

 

私は「最も大事なもの」を生まれながらに持っていました。それは誰か他人からもらったものではなく、私自身が苦労して作り上げた物でもなかった。それは、元からそこに在ったのです。

そのような「元から在ったもの」に焦点を合わせて生きるようになってから、私は時々、「ああ、もうこの瞬間だけでいい。他に何もいらない」と感じることが増えていきました。

私が「もう他に何もいらない」と感じるとき、たいていそれは「何でもない、いつも通りの朝」でした。でも、その「いつも通りの朝」だけで自分にはもう十分だと、私は感じたのです。

そういう時は、自然と感謝の念が内側に湧いてきて、私は何だか祈りたい気持ちになりました。しかし、その「感謝」も「祈り」も自然発生的なもので、時間をかけて練習したものではありませんでした。それは、「何かのための感謝」でもなければ、「何かを得るための祈り」でもなかった。

またそこには、「訓練された徳」としての感謝や祈りが持ち得ない「ある質」が宿っていました。そして、その「質」は、あの4歳頃に体験した「無邪気にクルクル回っていた瞬間」のことを、私に思い出させた。

 

もし「無目的な感謝」が溢れ出さないならば、私たちの心はまだ飢えて何かを求めているのです。

もし「なぜだか祈りたい気持ち」にならないならば、私たちは「自分は本当なら得られるはずのものをまだ十分にもらっていない」と心のどこかで感じているのです。

別にそれが「悪い」というのではないのです。私はただ、「それこそが、私たちの日々の心の実態なのだ」と言っているだけです。

 

「感謝」は練習するものではないし、「祈り」は訓練できるものではありません。

それは、「今ここ」に完全に満足してくつろげるほどに私たちの心が育ったとき、内側から自然と溢れ出してくる「存在の質」なのだと思います。

 

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