「意味」の消えた世界で

今の日本は、歴史的に見るとかなり特殊だと思います。

いまだ紛争や飢餓が日常的に存在する地域も世界には残っていますが、少なくとも日本にはそういったものは「日常レベル」では存在していません。私たちの多くは非常に豊かな生活をしています。過去のどんな王侯貴族にも不可能だったほどの便利で安全な生活を享受することができている。

科学技術の進歩がそれを実現しましたが、私たちは同時に「夢」を持つことが難しい時代に突入しつつあります。「おそらく今以上に便利で安全な生活を実現できるようにはならないだろう」という予感と、「もし実際にもっと便利で安全な生活が実現できたとしても、きっと自分たちはそれによって今よりも幸福にはならないだろう」という諦念とが、私たちの社会全体にゆっくりと広がっています。

 

かつて、敗戦後の日本が立ち直っていく過程においては、「世界はより良くなっていくだろう」という希望を持つことができたのだろうと思います。

もちろん、終戦直後は暴力や餓えが深刻な問題としていつも人々の目の前に存在していたでしょうから、そこまで楽観的にはなれなかったとは思いますが、「生きること」それ自体が喫緊の課題として日々実感されていたはずです。不便なことや危険なことは多かったでしょうけれど、「とにかく今日を生き抜く」ということに全神経を集中して人々は生きていたのではないでしょうか。そこには、「世界は良くなっていくに違いない」という楽観はなかったとしても、少なくとも「生きよう」とするバイタリティはあったはずです。

それからしばらくして高度経済成長期に入り、多くの人が物質的に豊かな生活を送ることができるようになっていきました。おそらくこの時期に「努力すればそのぶん報われる」という考えや、「頑張ればそれだけ現状は良くなっていく」という実感が人々の間に定着したものと私には思われます。科学技術の発展によって以前なら不可能に思えたことが次々実現していき、きっと多くの人が未来について夢や希望を持つことが比較的容易にできたはずです。もはや飢餓も貧困も「日常レベル」では姿を消していき、多くの人が便利で安全な生活を手にすることができるようになった。

 

しかし、今や「生きたくない」と思っていても生かされてしまう時代になり、「物質的な豊かさ」や「経済的な成長」にも限界が見え始めています。日本の若い人たちは「生きようとするバイタリティ」も、「未来に対する夢や希望」も失いつつある。それはしごく真っ当な反応だろうと私は思います。

でも、上の世代の人々にはそれがわからないことが多い。死がやってくる前に自ら命を絶つ人がいたり、「そこそこの生活」ができたらそれでいいと望むような「野心」も「覇気」もない若者がいたりすると、「そんなことでどうするんだ」とお説教を始めたがる人がいる。

おそらく今の若い人たちは、上の世代の人間に対して非常に深い「ディスコミュニケーションの溝」を日々目の当たりにしています。まったく話が通じないからです。

 

生活はたしかに豊かになりました。当面の間は餓えて死ぬ心配もしなくていい。

でも、そうやって「引き延ばされた時間」をただ生きていることに何の意味があるのか?

多くの人が「忙しい、忙しい」と口では言いながら、ちょっと空き時間ができると即座に「暇つぶし」をする。「忙しさ」の中で生を取り逃がし、せっかく訪れた自由な時間も「暇つぶし」によって浪費し続けていく。それで欲求不満にならないほうがおかしいと思います。

でも、他人は誰もその欲求不満を真に満たしてはくれない。「サービスとして洗練された暇つぶし」には、この欲求不満を一時的に誤魔化すことならできますが、それだけで完全に満たされるほど、人間は浅薄にはできていません。

だから、欲求を「外側の既製品」によって満たそうとし始めると、得れば得るほど飢餓感が強まるという逆説的な結果になります。外側に何かを求めれば求めるほど、その人はよりいっそう底なしに貪欲になっていってしまう。

 

敗戦直後は「生きること」そのものに意味と価値があった。高度成長期には、生産性を上げ、経済的に豊かになることが人々の生きる意味や目的に成り得た。そういったものが私たちの生に「実質」と呼べるものを与え続けてくれていたのです。

でも、もうそれらがことごとく「無効」になってしまいました。私たちがかつて「生きよう」と欲し、より豊かになりたいと望み、努力に努力を重ねてきた結果として、このような「虚無」へと私たちは至り着いたのです。

 

私たちは、まだ「代わりになるもの」を見つけられずにいます。「生の地盤」となるようなものを見出すことができないまま、「死ぬ心配も無いまま生き続ける」という状況だけが与えられている。

これを「苦痛」として見る感受性を持っている人たちが、今それぞれに自分の居場所で孤独な試みを続けているのだろうと私は思っています。でも、その試みは周囲にはあまり理解されないかもしれません。「なぜ自分は生きるのだろう?」と考え続け、「生の空虚さ」に押し潰されそうになりながら、日々「答え」を求め続ける。そのような思索は社会的には「無価値」とされてしまうでしょうし、ひょっとしたら「病気」として処理されたり、「治療」や「矯正」の対象になってしまうかもしれない。

 

「働かないでのんびり暮らしているからそんなくだらないことを考えてしまうんだ。働いていれば『生きがい』は後からついてくる。とっとと働け」という考えがあります。

私はこの論理的な順番をひっくり返したい。「生きる意味」を見出せていなかったら、何かができるわけもない。私たちは、もっと自信を持って「答え」を求めていいと思う。

 

どちらにしろ、これからの時代において、私たちはそれぞれに「自分が生きる意味」を見出すことを避けては通れないだろうと思います。

「生きる意味」は、もはやどこにも用意されていません。誰も「生きる意味」を与えてはくれない。

出来合いの宗教に寄り掛かっても、使い古された思想に寄り掛かっても、私たちは「自分の空虚さ」をもう満たすことができない。

 

それでも生きる。

でも、何によって?

 

その問いの「答え」を、私たちが個人個人で見つけるべき時代にもう入っています。

でも、そのような問いを本当は私たちはいつの時代も問うてきたのです。

かつてゴータマは、この世に「不変のもの」があるのかどうかをひたすら問い続け、結果として仏教の開祖となったけれど、彼自身は「いかなる宗教団体にも所属しないまま宗教的に生きた人間」だった。

ソクラテスは人々に「ただ生きるのではなく、善く生きることが大事なのだ」と説き、哲学の祖となったけれど、彼自身は何も書き残さなかった。彼自身には寄り掛かるべき思想はなく、むしろ彼が生きた後になって多くの思想が生まれた。

ゴータマは誰の真似もしませんでした。あらゆる教師を訪ねて熱心に実践したけれど、最終的に全ての教師の下を去り、独自に実践していた苦行も捨て、仲間からも見放されて、たった一人で坐ったときに彼は悟ったとされています。

ソクラテスもまた誰の真似もしなかった。そもそも彼は自分のことを「知者」だとは思っていなかったし、人々を導こうともしなかった。彼はただ「自分は考える人間だ」と知っていただけです。

 

先人達の「教え」は私たちにヒントを与えてくれます。でも、それは決して「答え」ではない。「答え」は自分自身で見つけるしかないものです。

他人の真似をすることによって人は学ぶことができ、真似をやめることによっても人は進むことができる。そして、そのような「進むこと」が尽き果てたときに、人は本当の意味で変わる。

「生きる意味」はどこにもありません。でも、だからこそ、どんな「意味」も人は自分で作り出せる。

私たちには、その力があります。

 

次の記事へ

前の記事へ