親密さ

先日、西宮での最後のクラスが終わりました。

来月の中頃に岡山へと引っ越しをするのですが、向こうでどういう風にクラスを再開するかはまだ決まっていません。引っ越し先の近くにある公共施設はホームページを開設していないところが多く、ネット上から部屋の写真をほとんど確認できないので、引っ越しが済んでから実際に自分の目で施設の様子を確かめに行ってから具体的なことを決めていこうと思っています。

新しい家に大きな倉庫がついているので、そこを改造して稽古場にしてしまおうかという案もありますが、引っ越し直後は少しバタバタしそうなので、どうするかわかりません。

 

生まれ故郷の東京から兵庫に移ってきて、今月でちょうど丸9年が経ちました。岡山に行ったら、もうほとんど兵庫に来ることもなくなると思うのですが、だからなのか、昔のことをいろいろ思い出します。

それで、散歩に出てあちこち回ってます。ここ数日は「かつて一人稽古をしていた場所」に行ってみることが多いのですが、実際に足を運んで各地を見ているうちに、二年前に西宮へ移ってから私は外で一人稽古をほとんどしなくなっていたことに気づきました(ちなみに、西宮で稽古をするときは決まって自分の部屋でしていました)。

東京から引っ越してきた後、私は最初の七年間ずーっと神戸に住んでいたのですが、その時は「稽古をしよう」と思った場合、だいたい外に出てしていたのです。住んでいたアパートの裏の公園でよく呼吸法をやりましたし、少し離れた公園に行って足の捌きを練習しました。神戸は山も近かったので、気持ちが鬱々としてきたときは思い切って山に登ったり、山道の途中にある小さな川縁で一人坐って瞑想をしたり、気持ちが良いときにはそこでそのまま踊ったりもしました。人の目があると集中できなかったので、人気のない夜に行ったり、人のいない静かな場所を選んで稽古していたように思います。

しかし、西宮近辺でそういう「思い出の場所」があったか思い返してみると、まるで浮かんでこなかったのです。

 

理由はいろいろある気がします。まず神戸にいたときに比べ、とても忙しかったというのが大きいと思います。

今はもうやめてしまったのですが、西宮に引っ越してきてから最初の一年は、医療系の専門学校に通っていました。昼は肉体労働系のバイトをして、夜は学校。休みの日は学校の課題や復習をしているとだいたい終わってしまっていたので、他のことに使える時間も体力もありませんでした。

思い出してみると、そのころはもっぱらバイトが稽古になっていました。荷物の配達の仕事だったので、どうしたら全身の各部が荷物を持つことに使えるかよく工夫していたのを思い出します。触れたものと瞬時に一体化できるかどうかによって、重い物を持つときの身体への負担が変わってくるので、心身に負荷の大きい忙しい生活をどうかこうか維持していくためにも、これは無視できない稽古テーマの一つでした。

 

ただ、学校をやめて時間のゆとりができたあとも、やっぱり外に出て稽古をすることはありませんでした。

たぶん、西宮は神戸に比べて隅々まで都市化し過ぎているのでしょう。「そこに行くだけで自然と心身が開かれていく」というような場所を、私はついに西宮で見つけることができませんでした。

このことは、ここ数日「かつての一人稽古をしていた場所」をいくつかたずねるうちに気づきました。私がいま住んでいる場所の近くには、私の皮膚を無理なくふっと緩ませてくれるような環境がまるでなかったようなのです。

 

それから、私が外に出て稽古をしなくなっていたもう一つの理由は、私の中で稽古の中心的なテーマが、「外向きに開かれていくこと」よりも「内側に深く潜っていくこと」へシフトしていったからだと思います。大空の下で、草の匂いや風の感触を感じながら稽古をするのは心地よいものですが、集中力を高めて一点を突き破るように自分の内側を見つめようとする場合には、私は自分の部屋のほうががやりやすいように感じたのだと思います。

おそらく私がそんな風に「外側」から「内側」へ向かうようになったことには、内的な理由だけでなく外的な状況もいろいろ作用しています。そもそも西宮に引っ越してからは、「忙しい生活の中で心身共に疲弊しつつも、どうやってそれらに振り回されずにいるか」ということが、私の中で大きな課題になっていました。また、去年合気道の道場を破門になってからは、教えを授けてくれる師も、従うべき道も外側にはなくなっていたので、外に何かを探しに行くのではなく、反対に自分の中へと潜っていって、そのさらに奥、自分という枠を突き抜けた先にある世界から「教え」を汲み出してくるということが、私にとって切実な課題になっていた部分もあります。

もちろん、一人の師を去って別な師のもとに行くこともできましたが、私自身の中には「師について学ぶ」という在り方それ自体への疑問がたくさん積み重なっていたので、結局その道も捨てました。「きっとこの世のどこかに自分を導いてくれる人がいるに違いない」と考えることはもうやめて、「学ぶべき『教え』はそこら中に既に書き込まれており、大事なことはそれらを読解する術を自得することなのだ」と考えるようになった。

「教え」を読み解けるように心と身体の状態が整っていれば、「目に映るもの全てが師」であり、幼子の何気ない身振りや、川の水の流れる様などの中に、既に「法則」が現れていることがわかります。そして、その「法則」から自分がどう逸脱しているのかに目を向けて、気づきとともに一歩一歩進んでいく。

他の人がどうかはともかく、私自身にはそういうやり方が「合っている」と思ったのです。

 

「『法則』に則って『教え』を読み解く術」は、もちろん個別の師のもとで学ぶこともできます。

私が思うに、それぞれの師が独自に考案し提示している技法というのは、修行者が技法に習熟することを通じて、この「法則」を各自が自然と身につけられるように作られています。

だから、「法則」にアクセスする術を知っている人に師事すれば、夢中になって技法を実践していくうちに、修行者は自ずからその術を体得できると思います。

ただ、これは師を信じて自分を明け渡すことができて初めて可能です。私には昔から根強い「疑り癖」があるので、この道は結局無理でした。私は他人から何を聞いても、心のどこかで「本当だろうか?」と思ってしまうのです。そして、その「自分の疑い」が最大の障害としていつも私の前に立ち塞がることになった。

 

このような疑念が最初からまったく兆さない人は、師につくほうが合っているのだと思います(ただ、この場合、師事する人間を「間違える」と一直線で地獄行きですが)。

反対に、誰に何を聞いても即座に内側で疑いが起こってしまうなら、自分自身でやるしかないです。教わったことを鵜呑みにせず、かたっぱしから自分で試してみて、技法についても一個一個有効性や問題点について独自に確かめていく。

このやり方は非常に手間がかかるし、多くの間違いも犯しますが、私にはそれが合っていたと今では思います。

 

私の稽古の方針が「外向き」から「内向き」へシフトしていったのには、そういった私自身の気質がいくらか関係しているような気もします。

ただ、「内向き」の稽古をしてから、かつての稽古場所を巡っていると、「『内向き』にしても『外向き』にしても、最終的には同じところに行き着くのだろうな」と感じました。「内側」に潜っていった時に現れる「大きなものに溶けていく感覚」と、「外側」に開かれていった時に生じる「伸び伸びとした心地よさ」とが、私の中では重なっているように思われたからです。

いずれの場合も、私はこの世界そのものに対する「親密さ」のような感覚に行き着きます。この瞬間だけで全てが完結しているかのような深い「納得感」がそこにはある。そして、きっとそこは私たちが子どもの頃に夢中で遊んでいたときに居たのと同じ場所なのです。

 

かつての稽古場所を巡っていて、子ども達が楽しそうに遊んでいる光景にも何度か出会いました。

お母さん達が「そんなことすると危ないわよ」とか、「そっちに行っちゃいけません」とか、いろいろ声を掛けていましたが、親から何も言われていないのにおっかなびっくり遊んでいる子もいれば、何も気にせずのびのび遊んでいる子もいました。

いま、のびのび遊んでいる子達も、いつまでその気持ちを覚えていられるでしょうか?

もし彼らがそれをどこかで無くしてしまっても、きっとまたどこかで思い出して、ここに戻ってこられるといいな、と思いました。

 

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